2012年7月21日土曜日

午後の磔刑



王国記のⅤまできました。
「めくるめく」は教子さん。百合香との対決、融和、太郎、ジャンとの再会。
ぐるぐる回る感覚のなかで物語が進展します。
物語の展開が主で宗教論はあんまり、面白さもあんまり。
太郎の不気味さがじわじわきますね。

「午後の磔刑」はろうに戻ります。太郎とろうは普通の親子なんだね。しかし本当にそうなのかなという疑問は残る、特に太郎。百合香かとの交わり、ジャンと野辺山へむけて物語はさらなる展開ですね。
ベラ神父との対話で宗教論が少し。神を措定しない宗教は哲学に堕ちるそうですが、まあそうなんでしょうね。この物語の面白いところはこういった宗教論、もっと長々とやってほしかった。宗教家が第三者的に宗教を語るのはスリリンです。

ところで措定ってどういう意味だろう。「デジタル大辞林」では
1 ある事物・事象を存在するものとして立てたり、その内容を抽出して固定する思考作用。
2 「定立」に同じ。
てい‐りつ 【定立】
ある肯定的判断・命題を立てること。また立てられた肯定的判断・命題。ヘーゲル弁証法では、三段階発展の最初の段階をさす。措定。正。テーゼ。

となっていました。私の理解は2でしたけど、仮定・仮設という語感を私は持っていて、宗教にとっての神ははそれじゃ困るんじゃないかと思って調べたけど、そうだと1なのかな?でも1ってよく意味が分からない。前半はわかる、要するに仮定でいいんだろう、しかし後半は?「内容を抽出して固定」ってなに?「固定」の意味がわからん。
キリスト教が神を考えるなら絶対的真理(存在)として考えるんでしょう。措定じゃ弱くない?
ま、これは朧のセリフなんで仮定でもいいのかもしれないけど。

こんな風な議論を王国記では延々とやってほしいんだけど、物語的に面白くなりすぎ。
面白すぎると安っぽくなてしまいますよね~、卑猥で卑屈で高尚な花村満月の面目躍如ですかね。

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